目次
  1. 1. はじめに
  2. 2. イベント・展示会業界の概観
    1. 2-1. イベント・展示会業界の定義
    2. 2-2. イベント・展示会業界が果たす役割
    3. 2-3. 市場規模と成長性
  3. 3. M&Aの基礎知識
    1. 3-1. M&Aとは何か
    2. 3-2. M&Aの種類(合併・買収など)
    3. 3-3. M&Aの主要な目的
    4. 3-4. M&Aプロセスの概要
  4. 4. イベント・展示会業界におけるM&Aの背景と動向
    1. 4-1. イベント・展示会業界の特徴とM&Aへの影響
    2. 4-2. 新型コロナウイルスの影響とオンライン化
    3. 4-3. 企業同士のシナジーと市場再編
    4. 4-4. 海外進出・グローバル化の意義
    5. 4-5. イベントテック・DXの加速
  5. 5. イベント・展示会業のM&Aにおける主要プレイヤー
    1. 5-1. 大手イベントオーガナイザー・総合代理店
    2. 5-2. 大手広告代理店やメディア企業
    3. 5-3. ベンチャー企業・スタートアップ
    4. 5-4. 海外の巨大展示会主催企業
  6. 6. M&Aのプロセスと注意点
    1. 6-1. 戦略立案と目的の明確化
    2. 6-2. ターゲット企業の選定
    3. 6-3. デューデリジェンス(DD)のポイント
    4. 6-4. 企業価値評価と株価算定方法
    5. 6-5. 契約締結とクロージング
    6. 6-6. ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)
  7. 7. イベント・展示会業の企業価値評価の特徴
    1. 7-1. 収益構造とリピート性
    2. 7-2. 運営ノウハウと人的資源
    3. 7-3. ブランディングと顧客リストの価値
    4. 7-4. イベントテックの知的財産
  8. 8. 事例研究:国内外のイベント・展示会M&A事例
    1. 8-1. 国内の大手広告代理店による買収事例
    2. 8-2. 海外展示会主催者による日本進出
    3. 8-3. スタートアップによるニッチ市場への参入
  9. 9. M&A後の統合戦略(PMI)の重要性
    1. 9-1. 人材マネジメント・企業文化の融合
    2. 9-2. 組織・チーム体制の再編
    3. 9-3. 製品・サービスラインアップの統合
    4. 9-4. 既存顧客とのリレーションシップ継続
    5. 9-5. 成功と失敗の要因
  10. 10. 法務・税務・規制面のポイント
    1. 10-1. 契約書の要点・リスク分配
    2. 10-2. 独占禁止法・競争法などの規制
    3. 10-3. 労務関連の引継ぎ
    4. 10-4. 税務・会計上の処理と最適化
  11. 11. 今後の展望とまとめ
    1. 11-1. イベント・展示会のハイブリッド化と新技術
    2. 11-2. 地域創生や地方振興との連携
    3. 11-3. サステナビリティとESGの重要性
    4. 11-4. 政府・行政の支援施策
    5. 11-5. 最終的なまとめ

1. はじめに

イベント・展示会業界は、企業や団体が製品・サービスを発表し、ビジネス交流や情報発信を行う場を提供する産業です。特に近年では、オンラインやハイブリッドのイベントも含めて、多種多様な形態で開催されるようになりました。展示会やカンファレンス、セミナー、フェスなどは、企業や業界団体の販促・マーケティング活動の一環として重要な位置付けを占めています。

本記事では、このイベント・展示会業界において注目を集めるM&A(合併・買収)について、その背景やプロセス、事例、今後の展望などを約20,000文字にわたって解説いたします。長文となりますので、目次などを適宜ご参照いただきながら、興味のある箇所を中心にお読みいただければ幸いです。


2. イベント・展示会業界の概観

2-1. イベント・展示会業界の定義

イベント・展示会業界は、企業や団体が実施するイベントの企画・運営・制作、さらには展示会の主催や管理、出展サポートなどを担う業界です。従来は対面型の展示会やイベントが中心でしたが、デジタル化の進展やコロナ禍に伴うオンライン需要の増加により、オンラインイベントやハイブリッドイベントといった新しい形態にも対応が求められるようになりました。

イベントという言葉は非常に広義であり、国際的な大型見本市から、企業のプライベートショー、地域活性化のための催し物、スポーツ大会、音楽フェスティバル、さらにはバーチャルカンファレンスまで多岐にわたります。そのため、企画力や運営ノウハウ、技術力など、業界内で必要とされるスキルも多様です。

2-2. イベント・展示会業界が果たす役割

イベント・展示会業界は、企業のマーケティングやセールス促進にとって重要な役割を担います。具体的には、以下のような点が挙げられます。

  • 直接的な商談機会の提供: 展示会やカンファレンスは、出展企業と来場者が直接対面で商談を行う機会を提供します。この場で新規顧客との接点を増やしたり、既存顧客との関係を深めたりすることが可能です。
  • 情報発信・ブランド強化: 企業が新製品を発表したり、自社の技術力やサービスを訴求したりするための効果的な舞台を提供します。また、出展やスポンサーシップを通じて、ブランドの露出を高めることもできます。
  • 産業交流・ネットワーキング: 同じ業界や関連業界の企業が一堂に会するため、人的ネットワークの拡大にも寄与します。これにより、企業間の協業や連携が促進され、新しいビジネスが生まれるきっかけとなります。

2-3. 市場規模と成長性

国内外の展示会産業は、一般的に経済の好調時には大きく拡大すると言われています。新型コロナウイルス感染症の流行によって大きな打撃を受けた時期もありますが、オンラインイベントやハイブリッドイベントへとシフトすることで、新たな市場が形成されました。さらに、リアルイベントが復調するにつれて、今後はこれらをうまく組み合わせたハイブリッド型が主流になっていくと考えられています。

また、デジタルマーケティングの進化により、イベントにおいても参加者のデータ収集や分析が容易になってきています。こうしたデータ活用が進んだ結果、企業のROI向上が見込めるようになり、業界全体としてもさらなる成長が期待されています。


3. M&Aの基礎知識

3-1. M&Aとは何か

M&Aとは「Mergers and Acquisitions(合併・買収)」の略で、企業の統合や買収行為を指します。一般的に、以下の二つの意味合いが含まれます。

  • 合併(Merger): 2つ以上の企業が一つの企業に統合されること。
  • 買収(Acquisition): ある企業が別の企業の株式や事業資産を取得し、経営権を獲得すること。

M&Aは、企業の成長戦略や市場シェア拡大、新規事業への参入、経営資源の獲得など、さまざまな目的で行われます。特にイベント・展示会業界では、専門的なノウハウやネットワーク、顧客リストを持つ企業の獲得が大きなメリットとなるケースが多いです。

3-2. M&Aの種類(合併・買収など)

M&Aにはいくつかの形態がありますが、イベント・展示会業界で特に多いのは次のようなケースです。

  1. 株式譲渡: 買収企業がターゲット企業の株式を取得することで経営権を得る手法。全株式または過半数を取得して子会社化するケースが一般的です。
  2. 事業譲渡: ターゲット企業が営む特定の事業のみを譲り受ける手法。事業に付随する資産や負債、人材などを包括的に引き継ぐことになります。イベントの運営部門のみを譲り受けるなど、必要な部分に絞った買収が可能です。
  3. 合併: 2社が統合して、新たな企業として再スタートする方法。完全吸収合併と新設合併の2種類がありますが、イベント業界での合併事例はそれほど多くありません。

3-3. M&Aの主要な目的

イベント・展示会業界におけるM&Aの主要な目的としては、以下のような点が挙げられます。

  • 市場シェアの拡大: 競合企業を取り込むことで、業界内におけるシェアを一気に広げることができます。
  • 新規分野・新市場への参入: 海外展示会の主催企業を買収することで、グローバル展開の足掛かりを得るケースなどが代表的です。
  • 専門ノウハウや人材の獲得: デジタル配信に強いベンチャーや、VR・AR技術を持つ企業を取り込むことで、最先端のイベント技術を社内に取り込むことができます。
  • スケールメリットの獲得: イベントの集客や運営では、一定の規模感があるほど効率が上がるため、規模拡大はコストダウンや収益拡大につながります。

3-4. M&Aプロセスの概要

M&Aの基本的なプロセスは以下の通りです。

  1. 戦略策定・ターゲット企業の選定
  2. アプローチ・交渉開始
  3. デューデリジェンス(DD)
  4. 企業価値評価・価格交渉
  5. 契約締結(株式譲渡契約など)
  6. クロージング(最終手続きの完了)
  7. 統合プロセス(PMI)の実施

イベント・展示会業界では、契約後の統合プロセス(PMI)が重要な意味を持ちます。後述するPMIの章で詳しく述べますが、M&Aの成否を左右する大きな要因となるため、単に買収するだけでなく、その後の組織連携をどう進めるかがカギとなります。


4. イベント・展示会業界におけるM&Aの背景と動向

4-1. イベント・展示会業界の特徴とM&Aへの影響

イベント・展示会業界は、ビジネス規模自体は中小企業が多く、かつ「案件ごとの受注・プロジェクト制」という特徴を持ちます。大手広告代理店の下請けとして運営を担う中小のイベント会社も多いため、市場再編が進むと大手企業による囲い込みが強まる一方、特殊な技術や専門性を持つ企業が買収対象として注目される傾向が見られます。

また、イベントは「シーズナリティ(季節性)」や「トレンドの影響」を受けやすく、外部環境の変化に敏感です。新型コロナウイルスのような社会的影響により、急激な需要減少やオンライン化への対応が求められた経験が、企業の財務状況に大きく影響してきました。そのような状況下で、不採算事業の整理や資本力のある企業の傘下に入ることで安定を図る動きが増え、M&Aの活性化につながっています。

4-2. 新型コロナウイルスの影響とオンライン化

2020年前後に世界中で拡大した新型コロナウイルス感染症は、イベント・展示会業界に甚大な影響をもたらしました。リアルイベントの自粛や延期、中止が相次ぎ、大幅な売上減に悩む企業が急増しました。その一方で、オンラインイベントの需要が高まり、Zoomや各種ウェビナープラットフォームを活用した新しい形態が急速に普及しました。

この結果、以下のような動向が見られました。

  • オンライン専門企業の成長: デジタル配信技術やAR/VRなどを強みに持つ企業が大幅に成長し、従来のイベント企業に買収されるケースが散見されるようになりました。
  • ハイブリッド化の加速: リアルイベントが再開するにつれて、会場でのイベントとオンライン配信を組み合わせるハイブリッド形式が一般化し、この領域に強みを持つ企業がM&Aのターゲットとなっています。
  • 財務基盤の強化ニーズ: コロナ禍を乗り切るため、資金調達や財務基盤強化を目的に、大手企業の子会社化や資本提携を選択する中小企業が増加しました。

4-3. 企業同士のシナジーと市場再編

イベント・展示会業界において、M&Aによって期待されるシナジー(相乗効果)は多岐にわたります。例えば、ある企業が持つイベントの運営ノウハウと、別の企業が持つ展示会場の管理ノウハウを組み合わせることで、新しい価値を創造できる可能性があります。また、広い顧客基盤を有する大手広告代理店が、特定の業種に強いイベント会社を買収することで、それぞれの顧客ネットワークを活用し合うシナジーも期待できます。

一方で、このような動きが加速すると、業界全体の寡占化が進む可能性があります。大手企業が中小企業を次々と取り込むことで、イベント市場における競争構造が変化し、特定企業による市場支配が進むリスクも指摘されています。

4-4. 海外進出・グローバル化の意義

イベント・展示会の特徴の一つに「グローバル化しやすい」という点が挙げられます。国際展示会やカンファレンスは、海外の企業や参加者を呼び込むことができるため、市場拡大の余地が大きいです。欧米やアジアの大型展示会企業が日本企業を買収したり、逆に日本企業が海外のイベント会社を買収したりするケースも増えています。

特に、海外に強固なネットワークを持つ企業を買収することで、スピーディに海外事業を拡大できる点は大きなメリットです。一方で、各国の法規制や文化の違いを理解しないまま進出すると、現地でのイベント運営や集客がうまくいかないリスクも伴います。そのため、グローバル展開を進めるうえでは、現地のパートナー企業との提携やM&Aを効果的に活用することが成功のカギとなります。

4-5. イベントテック・DXの加速

近年のイベント・展示会業界では、イベントテック(Event Tech)と呼ばれるデジタル技術の導入が急速に進んでいます。オンライン配信プラットフォームやVR/AR技術、参加者の行動分析ツールなど、多岐にわたるテクノロジーが活用されており、イベントの企画・運営方法は飛躍的に変化しています。

M&Aの観点では、こうした先端技術を持つベンチャー企業が、大手イベント会社や広告代理店の買収ターゲットとなるケースが増えています。買収する側にとっては、自社に不足しているデジタル技術やイノベーションを獲得できる利点があり、買収される側にとっては、大手グループのリソースを活用して事業を拡大するチャンスとなります。


5. イベント・展示会業のM&Aにおける主要プレイヤー

5-1. 大手イベントオーガナイザー・総合代理店

大規模な展示会や会議、スポーツイベントなどを企画・運営する大手イベントオーガナイザーは、業界再編の中心的存在となることが多いです。グローバル規模で事業を展開している企業は、地域ごとの中小イベント会社を買収することで、現地に強いネットワークを築き、スケールメリットを得やすくなります。

5-2. 大手広告代理店やメディア企業

広告代理店やメディア企業もイベント・展示会業界にとって重要なプレイヤーです。そもそも広告代理店は、クライアント企業のマーケティング活動を包括的に支援する立場にあるため、イベント領域とのシナジーは大きいです。自社のクライアントに対して、イベントを含むマーケティングサービスのワンストップ提供を目指すために、専門イベント会社を買収する事例が少なくありません。

また、メディア企業(テレビ局や出版社など)は、自社のコンテンツや番組を活用したイベントを開催することが多く、イベント企画会社やプロダクションを買収することでイベントの企画力や運営力を取り込みたいという狙いがあります。

5-3. ベンチャー企業・スタートアップ

イベントテックの台頭に伴い、デジタル技術を活用した新サービスを展開するベンチャーやスタートアップが多く生まれています。オンライン配信プラットフォーム、イベント管理SaaS、XR技術、AIを用いたイベント分析など、尖った技術やアイデアを持つ企業は、大手企業にとって魅力的なM&Aターゲットとなります。

5-4. 海外の巨大展示会主催企業

欧米やアジアには、巨大な展示会ビジネスを数多く手がける企業が存在します。例えば、ドイツのメッセ企業は世界各地で国際的な展示会を開催しており、日本市場にも積極的に進出を図っています。こうした海外の巨頭が日本のイベント企業を買収することで、アジア市場への足掛かりとするケースや、日本企業が海外の展示会運営企業を買収してグローバル展開を目指すケースも見られます。


6. M&Aのプロセスと注意点

6-1. 戦略立案と目的の明確化

M&Aを検討する際には、まず自社の成長戦略や事業戦略の中でどのような役割を担うのかを明確にする必要があります。単なる規模拡大だけを目的とするのではなく、「新規顧客の獲得」「海外展開の推進」「技術力の補完」など、具体的な目的を設定することで、ターゲット企業の選定や買収後の統合がスムーズになります。

6-2. ターゲット企業の選定

イベント・展示会業界は、中小規模の企業が多数存在するため、ターゲット企業の選定には十分な情報収集が欠かせません。以下の点に注目することが多いです。

  • 業種・得意領域: 展示会なのか、コンサート・フェス系イベントなのか、オンライン配信なのかなど。
  • 保有顧客リストや実績: 業界での評価や、主要クライアントの規模・属性。
  • 人的資源・ノウハウ: 専門スタッフや著名なプロデューサーが在籍しているか。
  • 財務状況: 売上や利益率だけでなく、将来の成長可能性。

6-3. デューデリジェンス(DD)のポイント

デューデリジェンス(DD)では、対象企業の実態やリスクを正確に把握することが求められます。イベント・展示会業界ならではのポイントとして、以下のような点が挙げられます。

  • イベント開催実績と顧客満足度: リピート率が高いかどうか。満足度アンケートや過去のトラブル事例。
  • 主要スタッフの離職リスク: 人的資源に大きく依存する業界のため、キーとなるスタッフがM&A後に離職する可能性は大きなリスクです。
  • 会場や設備、ライセンス契約: 自社が持つ会場の保有状況、レンタル契約、使用権の期間や条件。
  • 権利関係(IP、著作権など): イベントの名称やコンテンツの著作権などがしっかり整理されているか。

6-4. 企業価値評価と株価算定方法

企業価値評価(バリュエーション)では、一般的な手法としてDCF法(Discounted Cash Flow法)、類似会社比較法、取引事例比較法などが用いられますが、イベント・展示会業界特有の要素も考慮しなければなりません。例えば、イベントの季節性や単発契約の多さ、スタッフの流動性といったリスクが収益予測に大きく影響します。

また、オンラインイベントやテクノロジー関連サービスを持つ企業の場合、将来の成長性や拡張性が評価に反映されるため、売上や利益だけでなく、ユーザー数やプラットフォーム価値などの無形資産が重要視されることもあります。

6-5. 契約締結とクロージング

企業価値評価の結果をもとに買収価格や条件を交渉し、最終的に株式譲渡契約や合併契約などが締結されます。この段階で独占禁止法上の届出や、各種許認可の変更手続きなどが必要となる場合もあり、時間とコストがかかることを理解しておく必要があります。契約締結後、クロージングまでの期間に条件整備や実務引継ぎが行われ、買収・合併が正式に完了することになります。

6-6. ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)

M&A成功のカギはPMIにあると言われています。買収後に組織や文化をどのように統合し、新たなシナジーを生み出すかが最大の課題となります。イベント・展示会業界では、案件ごとのプロジェクト制が多く、チームやスタッフの柔軟な組み替えが必要なことが多いです。これらを円滑に行うために、統合担当チームを編成し、コミュニケーションを密にとることが重要です。


7. イベント・展示会業の企業価値評価の特徴

7-1. 収益構造とリピート性

イベントや展示会は、単発案件が中心となることが多く、定常的な収益モデルとは異なります。リピート率が高ければ安定収益が期待できますが、新規イベントが多い場合は収益変動も大きくなるため、将来キャッシュフローを評価する際に注意が必要です。スポンサーシップや広告収益など、複数の収益源を持つかどうかも重要な視点です。

7-2. 運営ノウハウと人的資源

イベント運営では、経験豊富なプロデューサーやプランナー、技術スタッフ、舞台演出家などの専門人材が欠かせません。こうした人的資源が企業の価値を大きく左右しますが、必ずしもバランスシート上には表れない無形資産です。そのため、人材の定着率やスタッフの質をどう評価し、M&A後に彼らを確保するかが重要となります。

7-3. ブランディングと顧客リストの価値

長年運営してきたイベントであれば、ブランドイメージやロイヤルな来場者・出展企業の存在が企業価値に大きく寄与します。中には毎年恒例となり、高い知名度を持つイベントや展示会もあり、こうしたブランドは他社が容易に模倣できない大きな競争優位となります。また、顧客リストの充実度や質も評価ポイントであり、これまで築き上げた出展企業や来場者データは非常に貴重な資産です。

7-4. イベントテックの知的財産

オンライン配信プラットフォームやチケット管理システムなど、自社開発のテクノロジーを保有している場合、その知的財産が企業価値を大きく押し上げることがあります。また、特許や商標権、著作権などがしっかり保護されているかも重要な視点です。


8. 事例研究:国内外のイベント・展示会M&A事例

8-1. 国内の大手広告代理店による買収事例

国内大手広告代理店のA社が、イベント専門企業B社を買収した事例を考えてみます。買収の狙いは、A社がこれまで弱かった「リアルイベントとオンラインイベントの連動企画」を強化するためでした。B社はスポーツイベントや音楽フェスの運営実績が豊富で、ファンマーケティングに定評がありました。

買収後、A社は自社のクライアント企業に対し、単なる広告掲載だけでなく、「イベントとの掛け合わせによる一貫したマーケティングプラン」を提案できるようになりました。一方、B社はA社の資金力や顧客基盤を活用し、大型スポンサーを獲得しやすくなり、イベントの規模拡大に成功しました。結果として、両社のシナジーが発揮され、買収後数年でイベント事業の売上高が約2倍に伸びたと報じられています。

8-2. 海外展示会主催者による日本進出

欧州を拠点に世界各地で展示会を主催しているC社が、日本の展示会運営会社D社を買収した事例です。C社はアジア市場への進出を狙っており、日本や韓国、中国の展示会市場が大きく成長している点に注目していました。一方、D社は国内で一定の知名度を持つ展示会を毎年開催していましたが、海外出展企業を十分に誘致できないという課題がありました。

買収後、C社が持つ海外ネットワークを活用して、D社の展示会に世界各国の企業が参加するようになり、国際色豊かなイベントへと進化しました。また、D社はC社のグローバルブランドを活かし、海外展示会への出展支援サービスを提供するなど、新たな収益源を確立しました。

8-3. スタートアップによるニッチ市場への参入

イベントテック領域のスタートアップE社が、地方の小規模イベント運営会社F社を買収した事例もあります。E社はオンライン配信システムとAIを組み合わせた独自のイベント分析ツールを開発しており、大都市圏のITカンファレンスで評判を得ていました。しかし、地方のマーケットにはリーチしにくく、現地のネットワークを持つパートナー企業を探していました。

そこで、E社は地方で長年イベントを手掛けるF社を買収し、F社の地域密着型イベントに自社のテクノロジーを導入することで、住民参加型のオンライン配信やDXを進めました。この結果、地方自治体や地元企業からの依頼が増加し、E社としても地方事業の強化と新サービスの実証実験が同時に進められるようになったのです。


9. M&A後の統合戦略(PMI)の重要性

9-1. 人材マネジメント・企業文化の融合

イベント・展示会業界は、人が主役となるビジネスです。特に、ディレクターやプランナーなど、個人の経験・感性が成果に大きく影響するため、M&A後に人材が流出してしまうと大きなダメージを受けます。これを防ぐには、買収側と被買収側の企業文化の違いを理解し、丁寧にコミュニケーションを図りながら両社が納得できる新たな企業文化を形成する必要があります。

9-2. 組織・チーム体制の再編

M&A後は、重複する部門や機能をどのように整理・統合するかが課題となります。イベントの企画・運営部門、営業部門、デジタル配信部門など、重複している場合には統合や再配置が必要です。ただし、すべてを一気に統合すると混乱を招くため、優先度や統合手順を慎重に計画し、段階的に進めていくことが望ましいです。

9-3. 製品・サービスラインアップの統合

イベントや展示会にも、様々な種類やテーマがあります。M&Aにより、例えばビジネス系展示会を得意とする企業と、BtoC向けのエンタメイベントを得意とする企業が統合した場合、サービスラインアップが大幅に拡張されます。それぞれの主力イベントや新サービスをどのように位置付け、顧客に提案していくかの整理が必要です。

9-4. 既存顧客とのリレーションシップ継続

イベント企業の場合、既存顧客との信頼関係がビジネスの継続に直結します。M&A後に担当者が変わる、企業名が変わるなどの変化があると、顧客の不安を招くことがあるため、早い段階で情報共有を行い、新体制におけるサービスレベルや対応方針を明確に伝えることが大切です。

9-5. 成功と失敗の要因

M&A後の統合が上手くいく要因には、以下のような点が挙げられます。

  • 明確な目的と戦略がある
  • 双方の企業文化に対する理解とリスペクト
  • キーパーソンのモチベーション維持
  • 統合プロセスを慎重かつ段階的に進める計画性

一方、失敗する場合は、事前のデューデリジェンス不足やPMIにおけるコミュニケーション不足、企業文化の衝突を放置するなどの理由が多く見受けられます。


10. 法務・税務・規制面のポイント

10-1. 契約書の要点・リスク分配

M&Aの契約書(株式譲渡契約・合併契約など)では、買い手と売り手の間でリスクをどのように分配するかが重要になります。特に、イベント業界では開催中止リスクやクレーム対応リスクなどが顕在化しやすいため、表明保証や補償条項について詳しく取り決めることが望ましいです。

10-2. 独占禁止法・競争法などの規制

大規模なM&Aでは、独占禁止法(日本であれば公正取引委員会)や各国の競争法による審査が必要となる場合があります。イベント・展示会業界においても、特定地域や業種で大きなシェアを占める企業同士の統合が起きると、競争法上の問題が発生する可能性があるため、事前に専門家の助言を得ることが大切です。

10-3. 労務関連の引継ぎ

人的要素が重要なイベント企業では、スタッフの雇用継続や労務条件の変更が大きなテーマとなります。M&Aの形態によっては、事業譲渡の場合に個別の労働契約を再度締結し直す必要があるなど、法的な手続きが複雑になるケースもあります。スタッフの混乱を防ぐためにも、適切な手順とコミュニケーションが不可欠です。

10-4. 税務・会計上の処理と最適化

M&Aには、株式譲渡や事業譲渡など、いくつかの手法があり、税務・会計上の扱いが異なります。買い手と売り手の双方にとって最適なスキームを検討するために、税理士や公認会計士の助言を得ながら進めるのが一般的です。また、繰越欠損金の引継ぎや減損リスクなど、企業固有の会計要因にも注意が必要です。


11. 今後の展望とまとめ

11-1. イベント・展示会のハイブリッド化と新技術

コロナ禍を経て、オンラインとリアルを組み合わせたハイブリッドイベントは今後も定着すると考えられます。リアルイベントに参加できない層をオンラインで取り込むことで、イベントの参加者数や収益の最大化を図る動きがさらに進むでしょう。ここで必要となるオンライン配信技術やデータ分析技術を持つ企業が、引き続きM&A市場で注目される可能性が高いです。

11-2. 地域創生や地方振興との連携

地方自治体や地元企業が主導する地域活性化イベントも増えています。こうしたイベントは、観光促進や地方産業のPRなど、社会的な意義を持つことが多く、国や自治体からの補助金や支援が得られるケースも少なくありません。M&Aによって大手企業が地方のイベント会社を吸収し、地域創生と連携したビジネスモデルを確立する事例が今後増えると期待されています。

11-3. サステナビリティとESGの重要性

環境への配慮や社会的価値の創出が求められる昨今、イベント・展示会においてもサステナビリティやESGの視点が重視されています。プラスチック削減や廃棄物処理、カーボンオフセットなど、イベント開催時の環境負荷を低減する取り組みが不可欠となってきています。ESG要素をしっかりと組み込んだ企業は、投資家からの評価も高くなり、M&Aにおける企業価値評価にも好影響を与える可能性があります。

11-4. 政府・行政の支援施策

世界規模のスポーツ大会や万博など、大型国際イベントの開催が予定される場合、国や行政による支援施策が活性化の起爆剤となることがあります。例えば、日本では国際的なカンファレンスの誘致を促進する政策が存在し、会場整備や誘致活動に補助金を出すケースもあります。こうした公的支援を後押しに、イベント企業同士のM&Aがさらに進む可能性があります。

11-5. 最終的なまとめ

イベント・展示会業界は、リアルからオンライン、そしてハイブリッドへの展開が進む中で、業界再編の動きが加速しています。M&Aは、市場シェアの拡大、新技術の獲得、地域進出などを実現するうえで有力な手段の一つです。特にコロナ禍以降は、多くの企業が財務状況の立て直しやデジタル化の強化を図るために、M&Aを積極的に活用してきました。

しかし、M&Aは買収自体がゴールではなく、その後のポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)が成功の要となります。イベント・展示会業界の特徴であるプロジェクト制や人的資源への依存度を踏まえ、キーパーソンの確保や企業文化の融合に注意を払いながら、効果的な統合戦略を立案することが不可欠です。

今後の展望として、オンラインとリアルを組み合わせた新たなビジネスモデルの確立や、地域創生・ESGへの対応による社会的価値の向上などが鍵となります。グローバル化の進展や技術革新が続く中、イベント・展示会業界におけるM&Aはますます注目を集めるでしょう。