はじめに
近年、デジタルサイネージ広告業界では、業界再編とも言える動きが活発化しております。デジタルサイネージは、従来の紙や看板などの静的広告とは異なり、屋外や公共スペース、商業施設などで映像や動的コンテンツを用いた広告・情報発信を行う仕組みです。インターネットやモバイルデバイスとの連動が容易なうえ、AIやIoTとの親和性も高いため、市場としても今後の成長が期待されています。
その一方で、広告主のニーズが多様化するなか、単なる映像表示装置の設置や映像の放映だけでは差別化が難しくなってきており、技術力やネットワークの拡充、あるいは広告代理店としての機能強化など、幅広い統合的なサービス展開が求められています。こうした中で、企業が自社の弱みを補完したり、成長戦略を一気に加速させるためにM&A(合併・買収)を選択する動きが増えているのです。
本稿では、デジタルサイネージ広告業界の背景や特徴、M&Aに至る理由、具体的な事例や今後の方向性、M&Aのプロセスや留意点などを網羅的に解説いたします。デジタルサイネージ広告にかかわる企業や投資家の皆様、あるいは広告業界全般に関心をお持ちの方々にとって、ご参考になる情報を提供できれば幸いです。
第1章:デジタルサイネージ広告業界の概要
1-1. デジタルサイネージの定義と特徴
デジタルサイネージとは、ディスプレイやプロジェクターなどのデジタル表示装置を通じて、情報や広告などを発信するメディアの総称です。駅や空港、商業施設、オフィスビルのロビーなど、公共性の高い場所に設置されることが多く、人々の目に触れる機会が多いメディアとして近年注目を集めています。
従来の広告看板(サイン)と違い、動的な映像やアニメーション、さらにはインタラクティブなコンテンツを流すことができるため、訴求力が非常に高い点が特徴です。また、時間帯や場所、ターゲット属性にあわせて発信内容を瞬時に切り替えられる柔軟性もあり、広告としての効果を最大化しやすいことから、国内外の企業が活発に投資を行ってきました。
1-2. 広告媒体としての可能性
デジタルサイネージは、テレビやインターネット広告、SNSなどと比べると、媒体としては比較的若い部類に入ります。しかし、その成長可能性は極めて大きいとみられています。たとえば、街頭ビジョンとして大型のLEDディスプレイを設置し、インパクトのあるCMを放送するケースも増えており、有名な観光地や商業エリアでは、一種の観光資源としても活用されるようになりました。
さらに、小型ディスプレイやタッチパネルを活用したインタラクティブサイネージ、あるいはAIカメラによって通行人の年齢や性別を推定し、そのデータをもとに広告内容を変えるといった試みも進んでいます。これにより、ターゲットに適した広告をその場で切り替えるリアルタイム・マーケティングが可能になり、広告費のROI(投資対効果)を高める取り組みが実現されはじめています。
1-3. 市場規模と成長予測
国内外のさまざまな調査機関が試算を出していますが、世界全体のデジタルサイネージ市場規模は、今後も年率数%から10%ほどの成長を続けると見込まれています。地域別に見ても、北米や欧州では既に成熟傾向にある一方、アジアや中南米、アフリカなどでは急伸しており、今後はグローバル規模でさらに広がっていく可能性が高いと考えられています。
日本国内においても、駅や商業施設などのインフラが整備されていること、広告代理店大手による積極的なキャンペーン展開が行われていることなどから、大都市部を中心に設置台数が増加傾向にあります。また、自治体レベルで防災情報や公共情報を表示するサイネージの整備が推進される流れもあり、市場全体の拡大が期待されています。
第2章:デジタルサイネージ広告業界におけるM&Aの背景
2-1. 業界再編の必要性
デジタルサイネージ広告は、技術面とマーケティング面の両方で高度なノウハウを必要とする産業です。ハードウェアの開発・製造、ソフトウェアやネットワークの構築、広告運用やコンテンツ制作のノウハウ、広告主への営業体制など、多彩な専門分野の協業が求められます。そのため、単独企業が自前で設備や技術、営業リソースを備えるには多大な投資が必要となります。
一方、デジタルサイネージ広告の市場が拡大するなか、同業や異業種企業との提携や買収を通じて、リソースや専門技術、顧客基盤を補完する動きが高まってきました。こうした理由から、業界内外でのM&A案件が注目されるようになったのです。
2-2. 競争の激化と差別化戦略
デジタルサイネージ広告への新規参入企業が増えるにつれ、単にディスプレイを設置して広告を流すだけでは差別化が困難になってきています。技術の進歩に伴い、低コストでディスプレイを設置できるようになったことで、参入障壁は下がりました。結果、競合他社との価格競争に陥りやすく、利益率を保つのが難しくなるリスクが高まっているのです。
こうした中で、ソフトウェアやAI分析、AR(拡張現実)・VR(仮想現実)などの先端技術を活用して付加価値をつける、広告運用のPDCAを高速にまわすためのソリューションを提供する、あるいは地域に根ざしたネットワークを構築するといった方向で差別化を図る企業が増えています。これらの技術やノウハウを自社でゼロから開発・獲得するよりも、既にその技術力を持つ企業をM&Aで取り込む方が迅速かつ確実な手段となる場合が多いため、M&Aは自然な選択肢となっています。
2-3. 広告代理店や異業種とのシナジー
大手広告代理店やIT企業、家電メーカーなど、異なる業種のプレイヤーがデジタルサイネージ広告に参入するケースも目立つようになりました。広告代理店にとっては、クライアントに対しオンラインとオフラインをまたいだ総合的なマーケティング提案が必要となる中、デジタルサイネージの活用は大きな意味を持ちます。デジタルサイネージ専業企業を買収することで、自社サービスの幅を広げるとともに、最新技術を取り入れた広告メニューを強化する狙いがあります。
また、IT企業にとっては、従来からのデジタルマーケティング分野で培ったノウハウをリアルな空間へ適用することで、新たなビジネスチャンスを得られる可能性があります。たとえば、インターネット広告のRTB(リアルタイム入札)の仕組みをサイネージに応用する試みや、IoTプラットフォームとの連携によって、街中で取得したデータをクラウドで管理し、最適な広告を配信するといった高度なサービスを展開できるのです。
家電メーカーにおいても、自社のディスプレイ技術を活用して、デジタルサイネージ向けのハードウェアを生産・供給するだけでなく、広告配信システムや運用サービスまで手がけることで収益モデルを多角化できるメリットがあります。このように、異業種企業が参入しやすい環境が整いつつあり、それら企業がデジタルサイネージ広告の専門ベンチャーをM&Aする事例が増えています。
第3章:M&Aがもたらすメリットとリスク
3-1. M&Aの主なメリット
- 市場シェア拡大
買収によって競合他社の顧客基盤や拠点、サービスを一気に取り込むことができ、シェア拡大を図ることができます。デジタルサイネージ広告においては、設置場所やネットワーク数、稼働中のディスプレイ台数などが広告主への訴求要素となるため、ネットワーク規模の拡大は大きなアドバンテージとなります。 - 技術力やノウハウの補強
最先端のAI技術や高度なコンテンツ制作ノウハウを持つ企業を取り込むことで、自社の弱みを補完し、短期間で付加価値を高めることができます。特に、ARや顔認識などの先進技術は開発コストや時間がかかるため、M&Aによる即時のノウハウ獲得は魅力的です。 - クロスセルやアップセルによる売上増
M&Aを通じて得られた製品・サービス群を組み合わせることで、顧客一社あたりの契約額を増やしたり、新たな顧客層を開拓したりするチャンスが広がります。広告代理店やIT企業によるデジタルサイネージ企業の買収などは、このクロスセル・アップセル戦略の典型例です。 - スピード感ある市場拡大
新しい技術領域や地理的エリアへの参入を自力で進める場合、研究開発や拠点設置などに長い時間を要する可能性があります。M&Aによって既存のリソースやネットワークを一気に獲得できるため、競争が激化する市場環境においては、大きなアドバンテージとなります。
3-2. M&Aの主なリスク
- 統合コストとシステム統合リスク
買収後の統合過程で、組織文化の違いやシステムの非互換性などが問題となることがあります。特に、デジタルサイネージ広告企業の場合、ソフトウェアプラットフォームや配信サーバーなどのITシステムが複雑であり、統合には相応の時間とコストがかかります。 - 想定通りのシナジーが得られないリスク
M&Aの事業計画時には、楽観的な売上拡大シナリオを描くことが少なくありません。しかし実際には、買収先の顧客層や技術が思ったより使いづらかったり、想定していたほどの需要がなかったりして、計画通りにシナジーを生み出せないケースもあります。 - 人材流出のリスク
買収後のリストラや組織変革に伴い、買収先企業のキーパーソンが退職する事態が起きることもあります。デジタルサイネージ広告では、技術スタッフやクリエイティブディレクターなど一部の人材が事業の中核を担っている場合が多いため、人材流出は大きな痛手となり得ます。 - ブランドイメージの毀損
買収した企業が既に独自のブランド力をもっていた場合、親会社との統合の仕方によってはブランドが損なわれ、既存顧客が離れてしまうリスクがあります。また、消費者が広告を接する場面で「どのブランドによる広告配信か」が見える化される場合、混乱や反発が生じる可能性も否定できません。
第4章:デジタルサイネージ広告業界のM&A事例
本章では、実際に国内外で行われたデジタルサイネージ広告関連のM&A事例をいくつか取り上げ、その背景や成果、課題について考察いたします。なお、事例名は仮名や概念的にまとめている部分も含みます。
4-1. 大手広告代理店によるサイネージベンチャー買収
事例概要
ある大手広告代理店A社は、デジタルサイネージのソフトウェア開発やコンテンツ配信を強みとするベンチャー企業B社を買収しました。B社は独自に開発したクラウド型配信プラットフォームを強みに、駅や商業施設向けに高品質の広告配信サービスを展開していました。
背景
A社はオンライン広告やテレビCMなどでは市場シェアが高かったものの、デジタルサイネージ分野では自社開発のノウハウが乏しく、外注比率が高い状態でした。一方、B社は技術力はあるものの営業力や資金力が不足しており、大手と連携することで大規模なネットワーク展開を目指していたのです。
成果
買収後、A社の営業網を活用することで、B社のプラットフォーム導入が急速に拡大しました。また、A社の顧客にもデジタルサイネージを提案しやすくなったことで、クロスセル効果により売上増に成功。数年後には、B社の事業を基盤に独自のサイネージ広告ブランドを打ち立て、業界内でもシェア上位に躍進しました。
課題
しかし、買収後のシステム統合には想定以上のコストがかかり、B社のエンジニアが多く残業せざるを得ない状況が続きました。A社の社内ルールや意思決定プロセスが複雑で、スピーディーな開発が難しくなったこともあり、B社の一部有能人材が離職したという問題も発生しています。
4-2. 家電メーカーによるハードウェア会社の統合
事例概要
大手家電メーカーC社は、サイネージディスプレイやLEDビジョン等のハードウェアを製造する中堅企業D社との経営統合を行い、持株会社制に移行しました。C社は従来から液晶テレビやモニター分野では実績を持っていましたが、デジタルサイネージ専用のハードウェア開発を自社で手がけるにはリソースが不足していました。
背景
サイネージ市場の拡大を受け、C社は早期から自社のモニターを活用して参入していましたが、D社が持つ「大型ビジョンの設置ノウハウ」や「屋外向けの耐候性ディスプレイ技術」に関しては自社で十分に開発できていませんでした。D社は研究開発力はあるものの販売チャネルが弱く、C社のグローバルネットワークを活用することにより海外展開を加速することを望んでいました。
成果
統合後、C社はD社の技術を取り込み、屋内・屋外ともに豊富なサイネージラインナップを展開できるようになりました。また、C社の海外拠点を通じてD社のハードウェアをグローバルに販売する体制を整え、D社の売上が大幅に伸びました。C社としても新たな収益源を得ることに成功し、両社にとってウィンウィンの結果となりました。
課題
一方で、C社とD社の開発プロセスや品質管理基準、部材調達先が大きく異なるため、統合初期の生産ライン再編にはかなりの混乱があったといいます。特に、D社が得意としていた特注品の小ロット生産と、C社がメインで扱う大量生産品のライン管理は、組織文化の違いが明確に表れる部分でした。最終的には双方の強みを活かす新ラインの構築に成功しましたが、その過程で社内調整に時間を要した点が課題でした。
4-3. IT企業による配信プラットフォームの買収
事例概要
クラウドサービスやAI分析ツールを得意とするIT企業E社は、デジタルサイネージ広告配信プラットフォームを運営するベンチャーF社を買収し、サイネージ広告のリアルタイム入札(RTB)モデルを構築しました。
背景
E社はインターネット広告の分野で豊富な実績を持ち、DSP(デマンドサイドプラットフォーム)などを運営していたため、オンラインとオフラインの広告を統合的にマネジメントする仕組みを求めていました。一方、F社はサイネージ広告における配信管理システムを開発し、複数の広告主がサイネージ枠をリアルタイムに入札できる仕組みづくりを試みていましたが、資金不足により大規模な展開が難しい状態でした。
成果
買収後、E社の広告取引基盤とF社のサイネージ配信技術が融合し、屋外や商業施設のディスプレイに対して、オンライン広告と同様のターゲティングやオークションを導入するプラットフォームが誕生しました。このシステムは広告主にとってはROI向上が期待できるものであり、多くの大手広告主が興味を示し、テスト運用が大きな反響を呼びました。
課題
しかし、屋内外のデジタルサイネージ広告枠は、オンライン広告枠のように数え切れないほど大量に存在するわけではなく、ネットワーク運営会社や施設管理者との契約条件が複雑に絡み合います。このため、システム上ではRTBが可能でも、実際には配信先の規制や商業施設の運用ルールが障壁となり、想定ほどのスケールを実現するまでには時間を要しました。結果として、開発費や営業活動に多額の投資が必要となり、当初の黒字化目標を後ろ倒しせざるを得なかったという課題があります。
第5章:M&A実行プロセスと注意点
5-1. M&Aの準備段階
- 戦略策定
まずは自社の成長戦略や事業ポートフォリオを見直し、M&Aを行う目的を明確化します。デジタルサイネージ広告業界でのM&Aは、技術補完やネットワーク拡大、事業領域の拡張などが主目的になるケースが多いでしょう。 - ターゲット企業の選定
目的に合致する企業をリストアップし、公開情報や専門アドバイザーのネットワークなどを活用して対象企業の実態を把握していきます。デジタルサイネージの場合、ディスプレイの設置台数やエリアカバレッジ、技術力、顧客基盤などが特に注目されるポイントです。 - アドバイザーの選定
M&Aに精通した投資銀行やコンサルファーム、法律事務所などを選定し、適切なスキーム立案やデューデリジェンスの実施をサポートしてもらいます。デジタルサイネージ特有の技術面や契約形態、広告代理店との関係などを熟知した専門家がいると、スムーズに進めやすいでしょう。
5-2. デューデリジェンス(DD)
M&Aにおいて重要なプロセスであるデューデリジェンス(DD)は、対象企業の実態を詳細に調査する工程です。デジタルサイネージ広告業界の場合、以下のような領域に注目することが多いです。
- 財務面
過去の財務諸表やキャッシュフロー、負債状況、主な顧客との取引条件などを確認します。屋外広告の設置場所に関わる契約や、リース契約など負債性の高い取引がないか慎重に調べる必要があります。 - 法務面
顧客やパートナー企業との契約内容、特許やライセンスの保有状況、紛争リスクなどをチェックします。サイネージ設置の際には行政許可や施設管理者との契約が必要な場合も多く、これらを適切にクリアしているか確認が欠かせません。 - 技術面
対象企業が保有するソフトウェアやハードウェアの開発力、技術特許、システムの安定稼働実績などを精査します。古いシステムを使っている場合、統合に大きなコストがかかるかもしれません。 - 人事・労務面
経営陣や主要技術者、クリエイティブスタッフなどのキーパーソンがどれだけ残留意向を示しているか、待遇面はどうなっているかを調べます。M&A後に人材が流出すると、競争力の低下につながるおそれがあります。
5-3. 価値評価と条件交渉
デジタルサイネージ広告企業の価値評価では、一般的なDCF法や類似企業比較法に加え、以下のポイントが考慮されることが多いです。
- サイネージネットワークの広がり
設置台数や稼働率、配信可能エリアなどが収益力に直結します。 - 広告単価と顧客リピート率
デジタルサイネージに出稿する広告主数や単価、どれだけリピート利用しているかは、将来の売上予測に大きく影響します。 - 技術特許やコンテンツ制作力
他社にはない独自技術やクリエイティブ制作力がある場合には、その価値がプレミアムとして考慮されます。 - シナジー効果
買収側とのシナジーでどれだけ売上や利益を伸ばせるかを試算し、その期待値を織り込んだ企業価値の評価が行われます。
条件交渉の段階では、買収価格はもちろん、経営陣の残留条件や組織統合のスキーム、ロックアップ期間などをすり合わせます。特に経営陣や主要スタッフの残留が重要な場合は、エarn-out(アーンアウト)条項を設定し、業績目標の達成度に応じて追加報酬を支払う仕組みを導入することもあります。
5-4. 統合計画とPMI(Post Merger Integration)
買収契約が成立した後、最も重要なのがPMI(Post Merger Integration)です。ここで失敗すると、せっかくのM&Aが想定シナジーを発揮できず、企業価値が毀損するリスクがあります。
- 組織再編
買収先企業をどのように組織化するのか(子会社として残す、事業部化する、完全統合するなど)は、企業文化やブランド力、人材構成を踏まえて慎重に決定します。デジタルサイネージ広告業界では、スピーディーな意思決定と柔軟な開発体制が求められるため、親会社の規模が大きい場合でも、あえてベンチャーの機動性を失わないようにするケースが多いです。 - システム統合
配信プラットフォームや顧客管理システム、開発ツールなどをどこまで一元化するかを判断します。完全に統合すると効率は上がる半面、大規模プロジェクトとなり、従業員の負担が急増します。逆に部分的な連携のみにとどめるとシナジーが限定的になるおそれがあります。 - 人材マネジメント
デジタルサイネージのクリエイティブやAI開発などに関わる優秀な人材のモチベーションを維持する施策が欠かせません。報酬体系の見直しやキャリアパスの設定、社内コミュニケーションの強化など、きめ細やかな対応が求められます。 - ブランド戦略
買収先のブランド力が大きい場合は、そのブランドを残しつつ、「○○社グループ」などの形で連名にすることがあります。あるいは、自社のブランドに統合することで認知度を高める場合もあります。いずれの方法がベストか、買収先の顧客や広告主がどのようなブランドイメージを求めているかを踏まえて決定します。
第6章:今後の展望と成長戦略
6-1. デジタルサイネージ×AI・IoTのさらなる進化
デジタルサイネージ広告は今後、AIやIoTとの連携によって新たな局面を迎えると考えられます。具体的には、カメラセンサーやビーコン、スマートフォンと連動した位置情報などを活用し、通行人の特性や行動パターンを解析することで、リアルタイムに最適化した広告を配信する仕組みが高度化していくでしょう。たとえば、混雑状況や天気、イベント情報などのビッグデータを活かして、瞬時にコンテンツを切り替えることも可能になります。
こうした高度な運用を自前で構築できる企業は限られており、多くの場合、外部企業が提供するAIやIoTプラットフォームと連携することになります。そのため、デジタルサイネージ広告企業がAI関連ベンチャーを買収したり、逆にAI企業がサイネージ企業を買収したりする動きが増える可能性があります。
6-2. エクスペリエンス重視の広告手法へ
従来の「一方向に映像を流すだけ」の広告から、インタラクティブ性を重視したエクスペリエンス型のサイネージが増えると考えられます。ARやVRの技術を用いたコンテンツはもちろん、タッチスクリーンや音声認識などを駆使し、利用者がその場でクーポンを受け取る、商品をバーチャルで試着するなど、体験を伴う広告手法が展開されるでしょう。
エクスペリエンス型広告を開発・運用できる企業は限られているため、こうした技術やコンテンツ制作力を持つ企業に対するM&A需要も高まると見られています。特に、大手広告主が「消費者参加型」のプロモーションを強く求めるようになる中で、この分野は今後も注目度が高まり続けるでしょう。
6-3. グローバル展開と地域特化
日本を含むアジア市場は、デジタルサイネージ広告において今後も大きな伸び代があると予想されています。中国や東南アジアでは都市開発が進み、新たな商業施設や交通インフラが次々と整備されており、サイネージの設置需要が増加する見通しです。欧米市場にすでに参入している企業が、アジア新興国における事業拡大を狙って現地の企業をM&Aする動きも加速するかもしれません。
一方、地域特化型のサイネージ企業も引き続き存在感を示しており、地方自治体や特定の観光エリアなどと強固な関係を築くケースが多いです。このような地域密着型の企業を買収し、ローカルネットワークを一気に拡大する手法は、大手企業にとって魅力的な選択肢となるでしょう。
6-4. 広告代理店・IT・家電以外の新規参入
デジタルサイネージ広告の可能性が広がるにつれ、これまで広告業界と直接的な接点がなかった企業が参入するケースも増えると考えられます。たとえば、自動車メーカーが「カーサイネージ」を活用し、タクシーやバスなどの車内広告を高度に運用するプラットフォームを立ち上げる動きや、建設業界が街づくりプロジェクトの一環としてサイネージをインフラ化する試みなどが想定されます。
こうした動きに伴い、従来の枠にとらわれないM&Aが行われる可能性が高まるでしょう。例えば、建設大手が街頭ビジョンに特化したベンチャーを買収して、都市開発にデジタルサイネージを組み込み、スマートシティ化を推進するといったシナリオが考えられます。
第7章:成功するM&Aのポイント
ここまでの考察を踏まえ、デジタルサイネージ広告業界のM&Aを成功させるためのポイントを整理します。
- 明確な戦略目的の設定
M&Aによって何を実現したいのかを明確化し、それを経営陣や従業員、ステークホルダー全体で共有することが重要です。単なる規模拡大ではなく、技術獲得やネットワーク拡充など具体的なゴールを設定しましょう。 - ターゲット企業との相性を見極める
技術面や文化面だけでなく、ビジネスモデルや顧客層、提携先など多角的に検討し、真の相性を見極める必要があります。とくにデジタルサイネージはハード・ソフト・コンテンツ・営業が密接に絡むため、どこまで補完し合えるかが鍵です。 - 適切な統合プロセス(PMI)の設計
買収後にシナジーを発揮するためには、組織体制やシステム、人材マネジメントなどの統合プランを事前に十分検討しておく必要があります。スピード感と柔軟性を重視するためにも、当初から統合チームを編成し、リーダーシップを発揮することが求められます。 - キーパーソンのモチベーション管理
デジタルサイネージ企業では、技術者やクリエイターの存在が事業継続において非常に重要です。M&A後も彼らのモチベーションを保つために、報酬体系や評価制度を整備し、キャリアパスを明示するといった配慮が必要です。 - 柔軟かつ継続的な投資判断
デジタルサイネージ技術の進化は早く、AIやIoTなどとの連携も含めて日々状況が変わっていきます。M&A後も追加投資や新技術導入を柔軟に行い、常にマーケットの変化に適応できる経営判断が求められます。
結び
デジタルサイネージ広告業界は、技術革新と消費者行動の変化が激しく進行する領域です。オンライン広告やテレビCMといった既存の広告メディアと比較しても、まだまだ成長余地が大きく、異業種参入も相次ぐ注目分野となっています。こうした激動の市場環境下で、企業同士がM&Aを通じて能力やリソースを結集し、新たな価値を創造していくことはごく自然な流れといえるでしょう。
しかし、M&Aの成否は買収価格の妥当性や契約成立だけでなく、その後の統合(PMI)の成否によって大きく左右されます。組織文化の違いや技術的な相性、人材の流出リスク、システムの互換性など、多くの要素が複雑に絡み合うため、慎重かつ戦略的なアプローチが求められます。
今後、デジタルサイネージ広告とAI、IoTなどの先端技術がさらに結びつけば、広告表現や広告配信の手法は大きく進化し、リアルとデジタルの境界を一層曖昧にしていくことでしょう。その波に乗り遅れないためにも、企業は自らの強みと弱みを見極め、M&Aを含むさまざまな選択肢を検討していくことが重要となります。
デジタルサイネージ広告業界におけるM&Aの動向は、今後も市場環境や技術トレンド、広告主や消費者のニーズの変化によって大きく左右されるでしょう。広告代理店、IT企業、家電メーカーのみならず、新たなプレイヤーが参入してくる可能性も大いにあります。そうしたダイナミックな市場で勝ち残るためには、常に最新情報をキャッチし、適切なタイミングと手法でM&Aやアライアンスを進めていくことがポイントといえます。
本記事が、デジタルサイネージ広告に関心をお持ちの企業や投資家の方々にとって、M&A戦略を考える際の一助となれば幸いです。技術革新のスピードが速く、不確定要素も少なくない業界ですが、だからこそ大胆な挑戦と慎重な検証を繰り返しながら、新しいビジネスチャンスを創出していく余地が大いに残されているといえるでしょう。