はじめに
広告業界では近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展やSNSの普及に伴い、企業が自社のマーケティング手法や商材を拡充するため、M&A(企業の合併・買収)を積極的に活用する流れが一段と強まっています。一昔前までは広告といえばテレビ・新聞・雑誌・ラジオのいわゆる“四大マス媒体”が主流でしたが、インターネットの普及やスマートフォンの爆発的な普及によって、これまで以上に多様なメディアが生まれています。SNSや動画広告、インフルエンサーマーケティング、バナー広告、リスティング広告、ディスプレイ広告、コンテンツマーケティングなど、広告の形態は急速に進化し、広告の効果測定や顧客データの活用なども含め、広告会社に求められる業務領域は年々広がっているのが現状です。
さらに企業同士の提携によるサービス連携が盛んになり、単純な“広告の出稿窓口”としての広告代理業にとどまらず、コンサルティングやクリエイティブ制作、動画・音声を含むデジタルコンテンツ開発など多岐にわたるマーケティングサービスを統合的に提供する形へ移行しつつあります。広告代理店が専業の会社を取り込んだり、あるいはSNS運用やインフルエンサー関連のスタートアップが大手の広告会社の傘下入りをする事例など、多様な買収・資本業務提携が相次いでいるのも特筆すべき現象といえます。
本稿では、2023年から2025年にかけて公表された広告業界にかかわる国内のM&A事例を参考に、広告やマーケティング関連の各社がなぜM&Aを行うのか、どのようなシナジーを狙っているのか、その背景と今後の展望を、実例とともに紐解いていきます。いわゆる総合広告代理店だけでなく、WebマーケティングやPR、SNS活用、インフルエンサーマーケティングや翻訳業務など、非常に幅広い領域で企業買収が行われているのが広告業界の大きな特徴です。
第1章:広告業界におけるM&Aの背景と市場動向
1-1. デジタル広告市場の急伸と事業領域の広がり
インターネット広告やSNS広告をはじめとするデジタルマーケティングは、ここ数年で急伸を続けています。新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけにオンラインシフトが一気に加速し、多くの企業が顧客との接点の大半をデジタル上で持つようになりました。あわせて、以下のような新たな広告・マーケティング手法がいっそう求められており、そのノウハウや専門人材を獲得するためにM&Aが活用されるケースが後を絶ちません。
- SNSマーケティング・インフルエンサーマーケティング
Instagram、TikTok、YouTubeなどのプラットフォームを使い、クリエイターやインフルエンサーと協業して宣伝を行う手法が主流化。 - SEO/SEM、アドテクノロジー運用
検索連動型広告(リスティング広告)やディスプレイ広告、DSP・SSPなどアドテク全般をフル活用し、効果測定を行いつつ運用を最適化する仕組み。 - 海外展開・多言語化
日本語のみならず多言語へのローカライズが必要となり、翻訳業や海外向けマーケティング支援事業の買収も増加傾向。 - 動画広告・AR/VR活用など新技術連動
いわゆる運用型テレビCM(TVの視聴データと連動)やデジタルサイネージ、メタバース空間での広告展開など、新たなプロモーション領域への期待が高まっている。
広告会社やマーケティング企業は、こうした専門領域で先行する企業やノウハウを持つスタートアップをM&Aで取り込むことで、市場の変化に素早く対応できる体制構築を狙っています。
1-2. 親子上場の解消や新規参入の促進
一方で、親子上場の解消やビジネス全体の再編としてM&Aが選択されるケースも多く見られます。たとえば、広告業で実績のある大手企業の連結子会社となり、一時的に上場を維持していたが、さらなる意思決定の加速や資本の再配置のために完全子会社化を決断する流れがあります。
また、大手広告代理店が海外で買収を行う事例や、地域密着型の広告事業者が同業を取り込む事例も目につきます。地方企業の買収によって拠点網を拡大し、地域密着の広告・プロモーションを強化したり、海外ベンダーを取り込みグローバル対応力を上げるといった動きも、広告業界における活発なM&A事例として挙げられます。
1-3. 新規事業・サービス拡張による成長と競争力向上
広告といっても、そのサービス領域はもはや単なる「広告枠の仕入れ・販売」だけではありません。制作・コンサル・運用・分析・テクノロジーの全方位を提供する必要が高まり、各社とも付加価値の高いサービス体制を整備しようとしています。そのため、人材・顧客基盤・独自テクノロジーを備えた企業を取り込むM&Aが活発化しているわけです。
また、広告業界以外からの新規参入や逆に広告会社が他業種へ事業多角化を図る動きも見られます。たとえば、通信会社、IT企業、コンテンツ制作会社が広告関連事業を手がけるために専門企業を買収するケース、広告会社がアニメ制作や翻訳、人材サービス企業を買収するケースなど、多様な事例があるのも本稿で紹介するポイントとなります。
第2章:国内の主要M&A事例から見る戦略動向
ここからは2023年から2025年にかけて公表された数多くの広告・マーケティング関連のM&A事例を通じて、広告業界の戦略動向をさらに掘り下げます。ここでは全事例を細部まで紹介するのではなく、特に注目されるキーワードやシナジー、業界再編の方向性などを整理しつつ、具体的な買収の目的や取得企業の特徴を概観します。
2-1. BtoB領域のマーケティング強化──エイチームとEストアー傘下WCAの事例
たとえば**エイチーム<3662>**は、BtoBマーケティング支援を強化するため、Eストアー<4304>傘下でWebマーケティングコンサルティングや広告運用代行などを行うWCAを1億5300万円で子会社化(2024年12月)。同社はもともと比較サイトなどBtoC向けの事業を多く展開していましたが、提携メディアの顧客に対して、広告運用も含む総合的なマーケティング支援を強化すべくM&Aを活用しています。
WCAはWebマーケティングに強みを持つが、2010年代以降のデジタル広告の高度化によって同社単独での成長には資本面や営業基盤の強化が必要でした。これをエイチームが取り込むことでシナジーを狙う形です。競争力向上と広告効果の最大化が背景にあると推測されます。
2-2. SMS主体のアクリート<4395>が進める事業多角化
アクリート<4395>は、SMS(ショートメッセージサービス)事業で急成長してきた企業ですが、近年ソリューション事業への転換や海外通信機器レンタル事業に積極的に参入しています。その一環でマーケティング活動支援やインターネット広告、SEOを手がけるズノーやズノー・メディアソリューションを子会社化(2024年8月に後者、2024年12月にはさらに株式交付による買収)する動きを見せています。
さらにアクリートは情報通信サービスを拡充するため、コロナ禍で一時活動停止していた米国の通信回線・端末卸提供事業を行うJCNT Internationalも子会社化(2024年10月)を予定。もはや従来のSMS送信代行だけでは差別化が難しくなっている中、包括的なWebマーケ、広告運用、通信インフラの組み合わせによる新たな収益の柱づくりを狙っているといえます。
2-3. インフルエンサーマーケティングとSNS強化のための買収
SNS広告やインフルエンサーマーケティングは、今や企業のプロモーション施策として欠かせない存在となりました。この分野のM&A事例は非常に多く、特に以下のような動きが目立ちます。
- フリークアウト・ホールディングス<6094>によるUUUM<3990>買収(2024年〜再度のTOBで完全子会社化)
フリークアウトは広告配信テクノロジー企業として知られていますが、YouTubeを中心としたインフルエンサーマーケティング市場への本格参入を目指し、大手ユーチューバー事務所のUUUMを最初に子会社化し(株式50.97%取得)、さらに2024年11月に再度のTOBを敢行し完全子会社化を目指しています。インフルエンサーマーケティングをより一体的に展開するための“親子上場解消”です。 - ファンコミュニケーションズ<2461>のWAND買収(2024年5月)
ファンコミュニケーションズはアフィリエイト広告サービス「A8.net」で著名ですが、TikTokなどで多数のインフルエンサーを抱えるWANDを子会社化することで、インフルエンサー活用を強化し、広告主への包括的な提案力を高めています。 - PR TIMES<3922>のNAVICUS子会社化(2023年12月)
プレスリリース配信サービス大手のPR TIMESは、SNS運用の需要拡大に伴い、SNSマーケティングと広告運用サービスのNAVICUSを買収。企業広報活動の一環として、SNSマーケティング支援メニューを拡張する狙いが見えます。
企業の情報発信はプレスリリース→SNS→インフルエンサーとの協業という流れが常態化しており、単なる“プレスリリース配信”だけではなく、SNSを巻き込んだ情報拡散が求められているためです。 - トリドリ<9337>によるXiMのインサイドセールス・マーケティング事業買収(2024年7月)やOverFlow子会社化(2023年11月)
インフルエンサーと企業を繋ぐマッチングプラットフォーム「toridori base」を運営するトリドリは、SNSやインフルエンサー周辺サービスが多様化する中で、広告プランニングやインサイドセールス事業を取り込んでさらに業務領域を拡張しています。
特に、SNSマーケティング支援企業やインフルエンサー動画制作会社を買収する事例は後を絶たず、広告会社の傘下に入ることで迅速な資金調達や大手顧客へのアクセスが可能になるなどのメリットも大きいとみられます。
2-4. バイリンガル・翻訳関連事業の買収による多言語マーケ強化
広告・マーケティング領域では、多国籍化・グローバル化に伴う多言語対応が一層重視されています。そのため翻訳業や海外マーケ企業の買収事例も増加しており、たとえば以下のような動きが出ています。
- 日本創発グループ<7814>によるアイ・ディー・エー買収(2024年11月)
アイ・ディー・エーは80言語以上の多言語翻訳を手掛け、カタログやマニュアル類、Webサイト制作にも対応。海外展開する企業の広告やクリエイティブを多言語展開していくにあたり、日本創発グループはこうした翻訳ノウハウを取り込むことで、幅広い顧客のニーズに対応可能になります。 - 売れるネット広告社<9235>によるアクセスブライトの中国越境EC事業買収
中国市場向けの越境ECやSNSマーケティングに強いアクセスブライトの事業を取り込み、海外販路開拓およびモール事業のノウハウを獲得。特に急成長する中国EC市場の攻略を担う拠点として位置づけられている。
こうした翻訳や海外販路サポート会社を買収することで、広告代理店やマーケ企業はクライアント企業のグローバル展開を総合的に支援できる体制を築く戦略です。
2-5. Web/デジタル広告からメディア企業買収へ──媒体枠獲得や制作力強化の動き
昨今の広告会社の買収対象は“広告運用企業”だけでなく、インターネットメディアそのものや動画制作、アニメ制作会社などへ広がっています。媒体(メディア)を直接傘下に収めることで、広告枠の確保や自社サービスとの連携を進める狙いがうかがえます。
- WOWOW<4839>によるインターネットメディア運営cinraの子会社化(2024年10月)
テレビ有料放送大手のWOWOWが、デジタルマーケ領域の成長を図るため、映画・音楽など文化系メディアを運営するcinraを買収。従来のテレビ事業だけでなく、Webメディアを通じた広告サービスやイベント企画を強化することで、若年層を中心にオンライン施策を強化する意図が見えます。 - フロンティアインターナショナル<7050>による映画館広告会社シネブリッジ子会社化(2024年9月)
映画館のスクリーン広告やチラシ配布、映画館内プロモーションを手がけるシネブリッジを買収することで、伝統的なエンタメ分野である映画館と結びつき、イベント・キャンペーン制作を行うフロンティアの企画力との融合を期待している。大スクリーン広告の活用や映画関連のプロモーションは依然として多くの人を動員するため、広告効果が高いとされる。 - カヤック<3904>によるアニメ制作会社アスラフィルムなどの子会社化(2024年11月)
広告やゲーム制作で知られるカヤックがデジタルアニメ撮影や制作を手掛けるアスラフィルムおよびラゾを取り込み、アニメ領域にも本格進出。広告クリエイティブやエンターテインメントを総合的に提供するソリューションを目指す。デジタルコンテンツ市場拡大に備えた動きと言えるでしょう。
こうした広告以外の媒体・コンテンツホルダーを取り込む流れは、広告会社の“総合メディア企業化”を意味します。広告主に対し広告枠だけでなく、編集・制作やプラットフォーム・メディアそのものの価値を組み合わせることで、付加価値の高い提案が可能になります。
2-6. 親子上場の解消やTOBによる事業一体化
広告企業は、既に上場しているマーケティング関連企業をTOBで買収し子会社化、あるいは完全子会社化する事例も多くあります。とくに近年は親子上場の弊害解消がクローズアップされ、再度のTOBによって完全子会社化を狙う動きも目立ちます。
- フリークアウト・ホールディングス<6094>とUUUM<3990>
前述のとおり、インフルエンサーマーケティング領域の強化のため、一度TOBで50.97%を取得したものの、親子上場状態を解消して経営を一体化し、アライアンス効果を最大化するため2024年11月に再度のTOBへ動いています。 - ラクスル<4384>によるAmidAホールディングス<7671>のTOB
印刷ECサービスなどを手がけるラクスルは印鑑ネット通販のAmidAを買収し完全子会社化(2023年8月〜9月)。ネット通販のビジネスモデルをさらに拡大し、印鑑分野を含む周辺サービスの統合を図っています。また、AmidA側も競争激化する印鑑EC市場においてラクスルの資本・顧客基盤を活用できるメリットを感じており、経営統合が成立しました。 - ローランド ディー.ジー.<6789>のMBO騒動
広告・看板用プリンター大手として知られるローランド ディー.ジー.は、投資ファンドによるTOBとブラザー工業の対抗TOBなどが絡む一連の買収劇を経て、最終的には買収目的会社XYZによるTOBが成立し、株式非公開化を狙いました。広告市場の成熟や海外のサイン市場の見通し低下などで業績構造を変革する必要があり、意思決定の迅速化を狙っていた点が背景にありました。
このように、広告関連会社や周辺事業会社が上場を維持していたものの、事業構造改革や多額の追加投資などの必要性から株式非公開化を模索するケースは増えています。非公開化後に機動的な経営施策を打つことで、ネットやグローバル市場に向けた投資を進めようという狙いが伺えます。
第3章:広告業界M&Aのシナジー要素と具体的メリット
3-1. 顧客基盤・販路の拡充
最大のシナジーとして挙げられるのが、顧客基盤の相互活用です。広告代理店A社がB社を買収すると、B社が持っていた中小企業や海外企業、官公庁などの取引先に対してA社の広告サービス全体を提案できるようになり、大きな売上増が見込める場合があります。
また逆に、メディア側の企業や専門領域に強い企業が大手代理店の傘下に入ると、大手代理店の大企業クライアントに自社サービスを売り込めるようになり、事業規模拡大が期待できるのです。
3-2. サービスラインアップの拡大
広告は単体の広告枠を買い付けるだけではなく、運用・分析・制作・コンサルティングといった多岐にわたるサービス提供が求められています。そこで、同業や関連業種を買収して自社の機能を“端から端まで”揃えようとする動きが顕著です。
特に以下のような領域が積極的に買収対象となっています。
- クリエイティブ制作:デザイン、動画、アニメ制作、写真撮影、VR/AR演出など
- 運用型広告:リスティングやディスプレイ広告、SNS広告の運用と最適化
- テクノロジー関連:DSP/SSPなどアドテクノロジー、効果測定、アナリティクス
- 海外多言語対応:翻訳、ローカライズ、海外販売のコンサルティング
- SNS/インフルエンサー支援:クリエイターマネジメント、SNS公式アカウント運用など
- イベント運営:キャンペーン企画、サンプリング、リアル接点の設営や実施
- EC関連:ECサイト構築・運用代行、越境EC支援、在庫管理や物流など
広告会社にとってこうした“フルスタック”型のソリューション提供は、企業クライアントから見た大きな魅力となり得ます。
3-3. ノウハウ・人材の確保
特にデジタル広告やアプリ開発、SNS運用などの領域では、即戦力となる人材が慢性的に不足しています。そのため、専門技術や顕著な実績を持つ企業を買収し、組織ごと取り込むことでスピード感をもって市場に対応しようという動きが見られます。
広告業界におけるM&Aでは、企業ブランドやシステムよりもむしろ人材の獲得や社内に蓄積されたノウハウの吸収こそが本質的な目的である場合が多いです。合同のチームや新規プロジェクトを立ち上げる際にも、一通りの体制を即座に構築しやすい点が大きなメリットです。
3-4. 親子上場解消による経営スピード向上
TOBを活用した完全子会社化で親子上場を解消すると、グループ内での利益相反問題やガバナンス上の複雑性が緩和され、迅速な投資判断やシナジー創出に向けた組織改編が行いやすくなります。広告・マーケティングの業界は変化が激しく、“親会社—子会社”の利益調整などに時間を費やしていては、市場の流れに乗れない場合も多いでしょう。
海外事業に力を入れる会社の場合、必要な海外拠点買収のハードルを下げ、資金調達や投資を一体的に行うためにも非公開化のメリットは大きいといえます。
第4章:具体的事例の詳細分析
ここからは、今回の参考事例に挙がった主なM&Aのうち、特に注目すべきいくつかをピックアップし、もう少し深い背景や特徴をまとめます。
4-1. フリークアウト・ホールディングスによるUUUM買収と再度のTOB
フリークアウト・ホールディングスは2010年代に広告配信プラットフォームで躍進し、国内外のアドテク企業を買収しながら急成長を遂げてきました。そしてYouTuber事務所のUUUMは人気クリエイターを多数抱え、多彩なチャンネルを展開してきた“インフルエンサープロダクション”の代表格です。
2023年8月にフリークアウトがUUUMを子会社化すると発表し(株式の65%上限でTOB実施)、UUUMは非上場化は当時行わず、子会社として東証グロース上場を維持する方針でした。しかしながら、UUUMの業績悪化(人気クリエイターの独立や広告単価の変化など)や、フリークアウト側のインフルエンサーマーケティング事業を加速させるためには、親子上場を解消し経営を完全に一体化する必要があると判断。2024年11月に再度TOBを行い、残る49%弱を買収し完全子会社化を目指すという流れに至りました。
この事例は、広告ビジネスがDX化する中で、インフルエンサーの活用がどうしても必要になっており、配信プラットフォーマーとクリエイタープロダクションが資本を通じて深く連携する姿を象徴しているといえます。
4-2. 売れるネット広告社<9235>の事業多角化と海外展開
健康食品や化粧品のD2C(Direct to Consumer)マーケティング支援を主力とする売れるネット広告社は、SNS・ECモール活用や海外通信サービス、越境ECなど多角化を急激に進めています。具体的には以下のような買収が2023年以降だけでも公表されています。
- 情報通信機器レンタルのJCNTを子会社化(2024年7月〜8月)
- 米国で通信回線・端末を扱うJCNT Internationalをさらに子会社化(2024年10月)
- 米国EC進出支援会社やアクセスブライトの中国越境EC事業を取得し、海外販路を拡大
- Web広告代理・運用代行のグルプスや化粧品ネット通販のオルリンクス製薬を相次ぎ買収し、D2Cビジネスの縦方向の統合を強化
「売れるネット広告社」と社名にある通り、もともとはネット広告やLP最適化の支援に強い企業でしたが、これら一連のM&Aで海外通信・EC・通販を含む広範な事業ポートフォリオを組み上げ、クライアント企業が国内外で直販を行う際に必要なサービスを丸ごと提供できる体制へ変貌を遂げようとしています。
もはや広告だけでは差別化が難しい中、ECや物流、通信といった商圏の上流から下流まで対応することで新たな利益源泉を得るのが狙いと見られます。
4-3. アクリート<4395>のソリューション転換とズノー買収
SMS事業を主力とするアクリート<4395>は、国内外のモバイル通信や各種認証サービスなどで実績を上げてきましたが、近年はM&Aを通じて“ソリューションサービス企業”へ転換しています。2024年8月にズノー・メディアソリューションを取り込んだのを皮切りに、同グループのズノー本体も子会社化(51%の株式を株式交付で取得)。ズノーは官公庁入札情報やSEO関連、TVアーカイブサービスまで広く手がけるマーケ企業であり、アクリートにとってはこれまでSMSに偏っていた収益構造を抜け出すうえで非常に有力な買収といえます。
さらに同社は、海外キャリアとの直接購買を視野にJCNT Internationalを買収するなど、通信インフラ部分まで入り込んでいます。もはや広告代理店やマーケ企業というより、通信と広告を合わせた統合型ソリューションとして収益を拡大していく戦略が明確化しているのが特徴です。
4-4. 日宣<6543>やセーラー広告<2156>など地方広告会社の買収
地方で強固な営業基盤を持つ中堅広告代理店が、同業他社の買収や地域密着広告会社の取り込みを図るケースも増えています。たとえば日宣<6543>は、大手不動産開発企業やブランディングなどの広告促進で実績を持つアスティを子会社化(2024年)。日宣は地方民放テレビ局との取引なども多い企業で、幅広く広告事業を強化する狙いがあります。
また、**セーラー広告<2156>**が地域の広告代理店を買収(たとえばメディア・エーシーを高知市で買収する動きなど)する事例も。四国や中国エリアで高いシェアを持ち、地方での販路を拡大しつつ広告展開を支援することで、強固な地域網を作り上げています。広告業界では大都市圏だけでなく、地方密着の広告代理店同士がM&Aで統合される例が少なくありません。
4-5. アニメ・動画制作会社の取り込み──カヤックやWOWOWらの事例
DX時代の広告では、“動画”がますます重要とされ、さらにエンターテインメント志向のクリエイティブが注目を集めています。こうしたニーズを背景に広告会社自身がアニメ制作会社や動画制作スタジオを買収し、映像関連の制作力を強化する動きが続出しています。
- **カヤック<3904>**によるアスラフィルム・ラゾの買収
同社はゲームや広告制作でクリエイティブ力に定評がありますが、アニメ分野に対するニーズの高まりを受けてデジタルアニメ撮影に強い会社を取り込み、映像領域を一気に拡充。 - **WOWOW<4839>**によるcinraの子会社化
独自メディアを運営する企業を買収し、デジタルマーケティング部門を強化。番組制作・放送ビジネスだけでなく、インターネットメディアを巻き込んだ新たな広告ソリューションを確立しようという試み。
こうした事例は、広告会社が映像制作や配信プラットフォームを自前で持つことで、広告の企画から制作・配信・販促まで一貫して提供できる点が狙いとなります。
第5章:広告業界M&Aのリスクと今後の方向性
5-1. 事業統合によるカルチャーの違い・システム統合リスク
広告業界では、「人材」こそが最大の資産となるケースが多く、M&A時に最も注意すべきは統合後の企業文化や組織風土の調整です。小規模だが尖ったクリエイティブ企業と、大企業の間で組織文化が全く異なることは珍しくありません。このギャップを埋められないと優秀な人材が流出し、せっかくのシナジーを逃してしまうリスクがあります。
また、広告運用系企業やアドテク系企業のシステム統合、データベース連携なども複雑になりがちで、想定以上にコストや期間がかかる場合があります。業界の変化が速いだけに、計画していた相乗効果が出る前に市場環境が変わる可能性もあり、M&A後の統合には慎重かつスピード感ある対応が求められます。
5-2. 親子上場解消の可否と資金調達戦略
大手広告会社のグループ入りをして上場を維持するパターンもあれば、TOBによる完全子会社化やMBOで非上場化するパターンもあり得ます。何が最適かは個別の企業状況によりますが、広告市場は流行やテクノロジーの革新速度が激しいため、資本市場からの調達力を維持したい場合は上場を継続するメリットがあります。
一方、ビジネスモデルの大転換や大規模投資が必要な場合は、短期的な株価変動に左右されにくい非公開化を選択するメリットも大きいです。2024年のフリークアウトによるUUUM完全子会社化の例のように、一度資本提携→追加TOBで完全子会社化という段階的手法をとる企業も増えています。
5-3. DXの深化と海外展開
今後、広告業界のDXはますます進み、テレビCMとネット広告の境界が薄れたり、メタバース上でのプロモーションが盛んになることが予測されます。広告会社にはテクノロジー企業としての機能、グローバル事業展開、データ分析・コンサルティング力など、多面的な能力が求められるでしょう。
結果として、海外企業の買収や海外資本を呼び込むM&Aがさらに活発化する可能性が高いとみられます。既に電通グループが海外で多数の買収を行っているように、日本の広告会社が欧米やアジア地域の先進スタートアップを取り込む動きも続くでしょう。逆に海外企業や投資ファンドによる日本の広告事業買収(かつての電通イージス買収の逆パターン)もあり得るのが今後の注目点です。
第6章:まとめ──広告業界M&Aの今後の可能性
広告業界では、デジタル広告の爆発的普及やSNSマーケティング、インフルエンサー台頭など、次から次へと新たな市場が生まれています。そして企業の広告出稿の仕方も、単なるマス広告枠を買うだけでなく、効果測定から運用最適化まで統合的にサポートしてくれるパートナーを求めるケースが主流です。そこにはクリエイティブ制作、動画配信、越境EC、SNS運用など多岐にわたるサービスが含まれています。
広告会社やマーケティング企業は、こうしたビジネス機会を逃さないために、M&Aを通じてサービスラインを広げて企業価値を高めているのが大きなトレンドです。事例を見ても大手だけでなく、中堅・ベンチャーまで多くがM&Aを積極活用し、今後も国内外の再編が加速すると見られます。
もちろん、人材・組織文化の統合問題や中長期的な投資負担、競合他社との価格競争など、買収後の課題が山積みになる懸念もあります。それでも、広告市場が急速に変貌している現状では、自前主義にこだわっていると市場に乗り遅れてしまうため、M&Aを活用して新領域へ短期間で参入する手法は有力な成長戦略といえるでしょう。
インフルエンサープロダクションの一体化や越境EC企業の取り込み、翻訳・映像制作とのコラボレーションなど、従来の広告代理店の枠を大きく超えたサービス形態がますます進むはずです。こうした流れは、広告という業界がますます**“コミュニケーション・ソリューション産業”**へと変わりつつある象徴ともいえるでしょう。
まさに2023年〜2025年にかけての具体的なM&A事例の数々が示すとおり、広告市場の再編は止まることを知りません。企業の生き残りと成長のため、そしてDX時代に求められる包括的なマーケティング体制を実現するための鍵として、M&Aはますます注目度を高めていくのです。